【内田彩楽曲考察①】只野菜摘先生の楽曲について
*はじめに*
(内田彩さんをリスペクトして全角アスタリスク*を付けてみました。)
内田彩さん、喉の完治おめでとうございます。ほんとうに嬉しいです。
SUMILE SMILEのリリイベに参加できて本人の口から聞けたことも嬉しかったです。
何か月前の話題だよって感じですね。この記事を書き始めてもうnか月経ってます。
久々に見た生のうっちーは楽しそうで、エネルギーで満ちていて、ああ元気になってくれてよかったなあと心底思いました。
さて、このたびは内田彩楽曲を聞きながら考えてたことを、内田彩さん自身の発言を交えながら①只野菜摘先生の楽曲、②マイナスを肯定する楽曲、③恋愛ソングの3回に分けてつらつらと書いていきます。
まずこの記事を書くきっかけになったのが「あれ?只野菜摘先生の描く歌詞って一貫したメッセージがあるのでは?」という気づきでした。
なので第一弾の今回は、只野菜摘先生の楽曲であるピンク・マゼンダ、SUMILE SMILE、Blooming!(+おまけでDaydream)についてお話します。
全体を通しての今回のブログのテーマは「宝箱」でして、内田彩楽曲に触れる時のキラキラした気持ちを記事に詰め込めたらなあと思います。
では早速楽曲に触れていきましょ~
♡ピンク・マゼンダ
この曲の主題は「生きてくうえで絶対ある辛いこと嫌な記憶も、ピンクの気持ちで包み込んでずっといっしょに生きていこう」だと私は捉えています。
ピンクの気持ちというのは私の造語に過ぎません。この歌の女の子がピンク色を見つけたときの、ささやかだけど嬉しい気持ちのことを勝手にピンクの気持ちと呼ぶことにします。
では先ほど提示した主題をひとつひとつ紐解いていきます。
まず、この歌の女の子は生まれたときからピンク色が大好きで、日常のなかにふとピンク色を見つけると幸せになれる感性を持っています。
夜明けがブルーにローズなだけで上機嫌だった
たとえば二番のここは、女の子のピンクへの想いがわかりやすく描かれています。夜明けの空の藍色のなかに、ほんのりピンク色を見つけただけで嬉しい気持ちになった、と。きれいな描写ですね。大好きです。
内田彩さんもピンクという色に対して、武道館の円盤発売記念イベントで
「ピンクは女の子を素敵な気持ちにする色」
2017.01.29 AYA UCHIDA Comlete LIVE~COLORS~ Blu-ray発売記念イベント
このように発言なさっていました。
私はこの女の子の気持ちがなんとなくわかるんですけど、みなさんはどうでしょうか。こういうのって女子特有なんですかね。男女で脳の仕組みが違う、と理解を放棄する考え方が私は嫌いなのでなるべく性別関係なくこの気持ちを共有したいと思うのですが。
また、ピンクが嬉しい・幸せなことの象徴であるのとは反対に、嫌なことを象徴する色は「灰」だとしています。
争いあうことや 憎しみあうことでこの世界は灰になってしまう
「ピンク(嬉しいこと)⇔灰(嫌なこと)」という対比ですね。
そして、この女の子は灰な出来事にもピンクの気持ちで対応しています。
そのタクシーは自分のだって言う人に逢った
にっこり笑顔でかえした バツが悪くなるくらいの
桃いろのバツをつけて先を譲る
自分が先にタクシーを先に待っていたのに、後から来た人に「そのタクシーは自分のだ」と言われ、嫌な気持ちになった(灰な出来事)。でも、イラッとした態度は表に出さず、逆に相手がバツが悪くなるくらいの笑顔でその人にタクシーを譲った(桃いろのバツをつける)。
こうやって嫌なことを、笑顔で跳ね返すのがこの歌の女の子の“強さ”であり、核なのだと思います。そしてその強さ、核がどこに由来しているかというと、ピンクの気持ち。ピンク色を見つけたときの、嬉しい気持ち。その気持ちを忘れないようにしているから、灰に出会っても戦うことができる。
“笑顔で跳ね返す”、SUMILE SMILEに繋がりそうですね…。
荒野に咲く花みつけて はっとして泣くように
ここも嫌な気持ちで塞ぎ込んでいるとき(荒野)に、なにかのきっかけがあってピンクの気持ちになった・思い出した(花を見つけた)とかで、はっと我に返ったというか。
きっと、この女の子今までの人生は嬉しいことも嫌なことも全部ピンクといっしょだったのでしょう。
サビのフレーズを集めてみました。サビではこの歌の女の子の抽象的な人生のスタンスが語られています。さすがサビ。
ピンクを混ぜるんだ
(灰の気持ちもピンクの気持ちと混ぜ合わせることで緩和するんだ)
ピンクで包むんだ
(灰の気持ちもピンクの気持ちで暖かく包み込むんだ)
ピンクで癒すんだ
(灰の気持ち、傷ついた心もピンクの気持ちで修復するんだ)
ピンクで生きるんだ
(ピンクの気持ちを持ち続けて生きるんだ)
こんな感じでしょうか。灰の気持ちを全否定するのではなく、ピンクの気持ちをぶつけることで灰の気持ちと上手く付き合おうとしている点がポイントです。
そして逆に、Cメロでは灰をピンクの気持ちで乗り越えた具体例が挙がります。
淋しくなるたび噛んでた親指
ぼろぼろ 愛しいクロゼットのぬいぐるみ
きみが好きだったカシスのジェラート 舌までピンクだった
初めて試した小さな水着や
失恋して封印したワンピや
この部分、この楽曲のなかで一番好きな部分なんですけど、よく見ると全部マイナスな物の羅列なんですよ。
・淋しくなるたび噛んでた親指
・ぼろぼろ愛しいクロゼットの(=引退してる)ぬいぐるみ
・きみが好きだった(過去形)カシスのジェラート
・初めて試した小さな(今はもう入らない)水着
・失恋して封印したワンピ
といった具合に。全部甘酸っぱくて、苦い思い出を含んだ物です。
でも、それらを
全部捨てきれはしないよ キラキラしてた
で結びつけてるんです。
ふつう、嫌な想い出って忘れたいし、消したいじゃないですか。でもこの女の子は違う。嫌な想い出も、灰の出来事もキラキラしていた。だから、捨てない。捨てられない。嫌なこともぜんぶ、大切に抱きかかえながら、これからも生きていくよ、って。
サビのフレーズもそうですが、嫌な灰の出来事を消すんじゃなくて、受け入れて人生を共に歩んでいく、という考え方が根幹にあると思います。
こういう訳で先述した主題「生きてくうえで絶対ある辛いこと嫌なことも、ピンクの気持ちで包み込んでずっといっしょに生きていこう」に辿りつきます。
どうでしょう、ピンク・マゼンダ解釈は伝わりましたでしょうか。私はこの曲が大好きでして、ブログのIDはpnkmgndだしツイッターのIDはpnk_mgndです。武道館の物販でピンク・マゼンダミラーが発売されたときは嬉しかったなあ。ライブ定番曲ではないけれど、ピンク・マゼンダはうっちーに忘れられてないんだ、って。デザインが剝がれないようにトップコートを塗って大切に使っています。
最後に内田彩さんの一番好きなツイートを貼っておきます。
明日LIVEだから、ミント色のお風呂でカシスのジェラート食べてる♪♪
— 内田彩 (@aya_uchida) 2015年5月21日
リラックス〜♪ pic.twitter.com/QTGGAE7Oc9
ピンク・マゼンダに関しては以上です。
♡SUMILE SMILE
最初にSUMILE SMILEについて綺麗にまとまっている記事を紹介します。ご一読願いたいです。
SUMILE SMILE発売にあたって内田彩さんの意図が多くのソースを用いてまとめられています。
この記事を読めば内田彩さんの見解についてはわかるので私は詳しくは供述しません。
めっちゃ雑にまとめると“笑顔の裏に見せる表情こそがこの作品で表現したかったこと”といったことが書いてあります。
では、本題、SUMILE SMILEの歌詞のお話へ参りましょう。
SUMILE SMILEにもピンク・マゼンダと似たメッセージ性を感じる歌詞が散見しています。
いとしさや誓いや勇気
いろんな涙もあるということ
頷くだけで こぼれちゃいそうだよ
抱きしめながらSMILEで 歩いて行こう
言葉より多くつたわる
いろんな涙もあるということ
空むかないと こぼれちゃいそうだよ
抱きしめながらSMILEで 歩いて行こう
やはり、涙(ピンク・マゼンダで言う灰の出来事)を否定するのではなく、受け入れ抱きしめていっしょに生きていこう、といったことを歌っています。
また、涙を嫌なものとして一括するのではなく「いとしさ」「誓い」「勇気」とほかの感情に言い換えたり、「言葉より多くつたわる」と肯定したりしています。
内田彩さんもブログにてこの部分に言及しています。
スミレの花言葉は「小さなしあわせ」*涙の数だけ小さな幸せに気付く事ができるようになるし、幸せに気づいた数だけ笑顔になれる☺︎辛い事なんて生きていれば誰にでも起こる、自分だけに降りかかる特別なことでも何でも無いから、ごまかさないで『抱きしめながらSMILEで歩いていこう』と前を向ける人が小さなしあわせに気付けて結果的に笑顔になれるんだね♪
めちゃめちゃ核心的なこと言ってますね。辛い事に対して「自分だけに降りかかる特別なことでも何でも無い」って言ってのける姿勢、パネェっすね。全国の不幸自慢悲劇のヒロインメンヘラどもに音読させたいです。
また、Cメロを見てみましょう。
ハートにしみこむ涙が 紫のあざを残してる
表情は噓をつけないよ きれいに笑わなくてもいい
笑顔をつくって、ごまかすなんて できないね きっと
ここ、私はいままで「適当にヘラヘラして逃げてんじゃねえ!面上げろ!!」みたいなメッセージかと思って、笑ってごまかして生きてる女子大生としては聞くたびにダメージをくらってました。
でも、最近考え直しました。この部分、「泣きたいときは泣いていいんだよ。涙は悪いものじゃないから」「辛いのに無理して笑うくらいなら、思いっきり泣いていいよ」って意味かもしれない。
だってさんざん涙の存在を肯定してる訳だしそっちの方が自然だよね。年を取ると笑顔でいる方が人間関係を円滑に進められることに気付いて意味もなくヘラヘラしちゃうよね。面白くなくてもニコニコしてさ、嫌なこと言われても笑いながら「申し訳ございません」なんて謝ってさ。ほんとうはもっと不愛想になりたいし、怒りたいし、落ち込みたいのに。
そうやって、内側に押し込めてしまったほんとうの自分の感情を、SUMILE SMILEは、肯定してくれるんだ。
ところで、SUMILE SMILEを聞いて誰もが一度は考えるのが「YOU」「きみ」は誰だ?ってことだと思います。
私の結論を言います。
「YOU」「きみ」に正解はない。
一応いろいろ考えてみました。オタク説、キャラクター説、存在しない説…など。しかしどの仮説で話を進めても、フレーズ単体ではうまくいっても一曲を通してだと矛盾が生じるんですよ。
でも、きっとそれでいいんです。きっとこの「YOU」「きみ」には正解がないのが、正解なんです。
内田彩さんも
「それぞれのSUMILE SMILEを見つけて欲しい」
(2017.01.22「SUMILE SMILE」発売記念SPECIALイベント in とらのあな)
っておっしゃってましたもん。
この、なにを当てはめても矛盾が生じるのは意図的なものなのでしょう。
聞き手に想像の余地を与えるための只野菜摘先生の工夫であり、遊び心だと思います。
だって、正解がないってことは、逆に考えれば「YOU」「きみ」になんでも自由に当てはめられるから。
↓たとえば、これは内田彩さんを小舟・オタクを湖と仮定した絵です。私が描きました。ワハハ
この部分の歌詞を想定しました。
湖の小舟のように
想い出を揺らしながら進む
内田彩さんを小舟、オタクを湖という表現はちょっといろいろ省略し過ぎましたね。
もっと厳密には
・アーティストという孤独な道をひとりで進む内田彩さんを“小舟”
・共に歩むことはできないけれど見えないところで彼女を支えられるオタクを“湖”
ということです。
「オタクは内田彩さんの小舟に同乗することはできないけれど、湖になることで彼女の航海を進みやすいものにすることはできるよ」みたいな。
ほかにも、この部分を
私も出会った誰かの湖に
スマイルをうつしていけるなら
風が吹き 散り乱れても
消えることない強さでいたい
“誰かの湖”がオタクの心の比喩だとすると、「オタクを笑顔にできるなら、辛いことがあってもアーティスト活動頑張れるよ!」ってことだと捉えられると思います。
いつまでも香りが残る
いろんな笑顔があるということ
教えてくれたきみを忘れない
一緒にいる 同じ夢の隣に
これとかさぁ、もうさぁ、「一緒にいる 同じ夢の隣に」とか、自分のことだと思わないと損じゃない?!彩がさ、ここ歌うときにオタクのことを考えてくれてたらめっちゃ嬉しくない?!さっきオタクは小舟に同乗できない湖に過ぎないって言ったけど、それでも!彩は同じ夢の隣に一緒にいるって歌ってくれてんだよ!もうそういうことでいいじゃん!難しく解釈するのやめようよ!
……なんていうか、SUMILE SMILEは、こうやって要所要所で自分の都合の良いように解釈するのが一番楽しいんだと思います。前まで私はSUMILE SMILEを聞くと心を抉られよく気が滅入ってたのですが、それは内田彩さんの望むSUMILE SMILEの嗜み方ではなかったでしょう。
もうSUMILE SMILEを聞いて鬱になるのはやめます。
これからはSUMILE SMILEを聞いて、勝手に切り取って勝手に都合よく解釈して勝手に救われます。
これが、私のSUMILE SMILEです。
♡Blooming!
ピンク・マゼンダとSUMILE SMILEが重過ぎて一番最後に回してしまいました。
この曲の歌詞はピンク・マゼンダとSUMILE SMILEの影がチラ見えして楽しいです。
たとえばここ。
冬の寒さも 抱きしめていた想い出も
輝いている 無駄ではないと
“冬の寒さ”は辛い時の比喩でしょう。花にとって冬は辛いもんね。人間にとっても辛い。
“抱きしめていた想い出”はきっと嫌な想い出なのでしょう。SUMILE SMILEでも涙を抱きしめていました。只野菜摘先生は嫌なことを抱きしめるのが好きなのでしょうか。
で、その“冬の寒さ”・“抱きしめていた想い出”も、“輝いている”・“無駄ではない”、と。
これ、ピンク・マゼンダのCメロの結び(“全部捨てきれはしないよ キラキラしてた”)と全く同じ構成ですね。輝いているとキラキラしてたなんてほぼ同義だし。
夜明けと日暮れがある
いい時ばかりじゃない
めぐりめぐっているこの星に
夜明け(花にとって成長が始まる瞬間=いい時)と日暮れ(花にとって成長が終わる瞬間=悪い時)がある。いい時ばかりじゃない、いい時と悪い時がある。そして、この星ではそのいい時と悪い時がめぐりめぐっている、と。
やはり悪い時を無くそう、避けようとする考え方ではなく、悪い時があるのは仕方がないし必然でもあるからそれと上手に付き合おう、というスタンスを感じられます。
(この考え方はフォロワーさんが教えてくれました、ありがとうございました!)
Blooming!に関してはこんなもんですかね。
内田彩さんのインタビューを読んでもあまり小難しいことは言ってないし、どちらかというとアップルミントからの続きなので内田彩さん自身もそちらに目がいっている感じでした。
【おまけ】Daydream
ピンク・マゼンダの姉妹曲として捉えてるのでこの曲について最後に少しだけ。
この曲でピンポイントで大好きな歌詞がありまして、
たぶん忘れてたのは
思い出じゃなくって 鍵の在り処だった
この部分です。
「思い出を忘れた」のではなく、「思い出を呼び覚ますための“鍵の場所(きっかけ)”を忘れてただけで、思い出は自分の中にちゃんとある」というメッセージだと捉えています。
『千と千尋の神隠し』の「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで…」っていう銭婆の台詞と似たことを言っているのかなあって。
私はこの「思い出の鍵」的役割をブログに担わせているので、この歌詞はブログの説明文にも採用しました。知らない人が見たらポエマーっぽくなっちゃうけど。
内田彩さんのインタビューを見たところ、Daydreamの歌詞に言及してることは少ない曲なのでドンシンクフィーリン系の楽曲かなと思います。これ以上Daydreamについて話すのは野暮なんでこれで終わりです。
*おわりに*
と、いう訳で今回の記事で言及する内田彩楽曲は以上です。
結論としましては
只野菜摘先生は悪い時を否定せず、受け入れて自分の一部として生きていこう、という考え方を持ってらっしゃる
といったところでしょうか。
只野菜摘先生のほかのアーティストの楽曲は少ししか知らないのですが、内田彩さんを通してはそういったことを伝えたいのかな、と思います。先生のメッセージ、しっかり胸に響いたぜ!
フォロワーさんが素敵なこと言ってたんで勝手に引用します。事後報告でいいや。嫌がられたら消しとこ。
内田さんの曲の歌詞は、現実味があって
— shimane@ (@shimane_5019) 2017年1月23日
あまりにも理想的な綺麗すぎる歌詞よりも辛いものは辛い、逃げられないことも人生には色々ある、しかしながらそういった世界でも何か小さな幸せを見いだせるという希望を抱かせてくれたりする。
彼女のロジカルな音楽は素晴らしいと思う。そして女子羨ましい
最後に書いてある「女子羨ましい」というのは、ピンク・マゼンダを聞くと女の子の甘酸っぱいほろ苦い感情のことを想って泣きそうになる気持ちのことだそうです。
女子羨ましいはよくわかりませんが、それ以外は素敵な意見だしその通りだと思いました。内田彩さんの楽曲は嫌な気持ちのことを無いものとして扱わないからこそ、私たちの心に優しく染み渡るんでしょうね。
で、今回は只野菜摘先生の楽曲にのみ注目したのですが、次のブログでは只野菜摘先生以外が作詞した内田彩楽曲のうち似たスタンスを感じる曲たちに触れていきたいです。ほかの楽曲でも結構マイナスな状態を肯定してるよね。泣きべそパンダ、Merry GO、スニーカーフューチャーガール、絶望アンバランスらへんですね。いつ投稿できるかは不明です。
それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
おわり!